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台パンするなら麺を打て

対麺厨です。TwitterID @pokebozu2000

思考すること

深夜テンションと勢いで最近思ってることを書こうと思う。

ポケモンにおいて、絶対的に不可欠なものがあるとすれば、思考することだろう。構築を組む時も、選出時も、そして試合が始まって終わるまで、私達は絶えず思考を繰り返しながら、数ある可能性の中での最適と思われる選択肢を模索する。殊に構築段階で思考の占めるウェイトは非常に大きく、完成度の高い構築を組むことが出来れば、究極的に言えば、一部作業的に勝利を掴むことができる。(所謂easy winとかいうやつである。)

そして、ここからが最近思っていることなのだが、構築段階で無駄な思考というのは一切存在しない。当たり前のように聞こえるかも知れないが、例えばこんな経験はないだろうか。ガブリアスに襷を持たせていたが、上から殴りたい場面が多かったことから、スカーフを持たせてみた。しかし、数戦回すうちに打ちわけられないことが余りにも窮屈に感じられて、結局、また襷に戻した。この場合、スカーフをガブリアスに持たせたのは無駄なことだったろうか。間違いなくだろう。

同じ型、同じ構築を使用していたとしても各々のポケモンの型及び持ち物に関する知識量によって、立ち回りや結果は大きく異なる。強者の構築をパクっても、レートが強者程伸びないのは、断じて環境の変遷によるもののみではない。この知識による立ち回りの差や思考の差を、しばしばポケ勢は深みという言葉で表現する(と、現時点で自分は認識している)。

では何がこの深みを生み出すのだろう。紛れもなく思考の量と質であり(例えそれが空回りしたものであっても)、さらに言えば結果のみに目を奪われるのではなく、過程を重視する姿勢であると思う。結果としてどんな型のポケモンを採用して、どこまで行けたのか。ということだけでなく、どのような経緯で、コンセプトでそのようなポケモン達が採用されるに至ったのか。これを考えながら構築記事を読んだ時、その意味はより大きく、深くなる(そのため、強者の中には自分の構築の立ち回りや採用に至った経緯を構築の肝と考え、あえて公開していない方もいるくらいだ)。

結果を重視する傾向が加速していく現代社会において、過程について思考することの大切さが再発見されることがあればいいと考えてこの記事を書いた。

もっとも、過程過程と口に出来るのは、結果を出した者だけであるから、自分も自分の信じた場所を、ひたすら思考によって掘り下げていくことで、何かまだ見ぬ宝物を掴みとりたいと思っている。

 

文章が粗くなってしまっていることについては、何分勢いで書き上げたもの故、お許し頂きたいと思う。

 

※勿論シーズンという限られた時間の中で戦っている以上、ただただ思考を繰り返すことは必ずしも結果に結びつかないということを最後に明記しておこうと思う。